「受けるよりも与えるほうが幸いである」聖書【白い家と黒い家の深イイお話】

「受けるよりも与えるほうが幸いである」聖書(白い家と黒い家の深イイお話)


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今月から教会のキッズのプログラム(ホームページはこちら)で聖書メッセージを語ることとなり、めちゃエキサイトしています。

聖書の「受けるよりも与えるほうが幸いである」(使徒20章35節)からキッズ向けに語った聖書メッセージを以下にそのまま掲載します。

 


受けるよりも与えるほうが幸いである 使徒20:35

聖書に書いてあるこのことばは、「誰かに何かを『受ける』つまり『もらう』よりも誰かに何かを『与える』つまり『あげる』方がもっと幸せだよ!」っていう、イエス様の言葉です。

「ええ!イエス様それまじなんですか?!」って思うかもしれないけど、これは本当なんです。

聖書の言葉は「間違いない」真実なイエス様の言葉だから。

名探偵コナン君が「真実はいつも一つ」って言ってるよね。

聖書に書いてあるイエス様の言葉は「真実」なんです。

ある所に!黒い家と白い家がありました。

さて、この家の中は一体どうなっているでしょうか?

まずは、黒い家のドアを開いてみよっか。

ガチャリ、キィィ… 「WOW!!」

長いテーブルがあります。

そして10人の人が椅子に座ってます。

テーブルの上にはね、沢山のご馳走がズラ~っと並んでます。

できたてのハンバーグ、スパゲティミートソース、唐揚げ、焼きそば、ショートケーキ、チョコレートケーキ、ぶどう、桃、、、そのほかにも豪華な料理が沢山並んでます。

「ヒュルるるっ!」よだれが出ちゃいそう!

ところが!よく見てみて!

ここにいる人はみんなガリガリに痩せてます。

よく見ると、椅子に片腕を縛られて、もう一つの手には腕よりも長~いフォークが縛ってつけられてるんです。

だから、目の前にご馳走が並んでいても、フォークを自分の口に持っていくことがでなかったんです。

みんな一生懸命になって、何とか食べよう『受けよう』と思ってるんだけど、全然食べられない『受ける』ことができないです。

中には、ハンバーグをフォークにさして顔の上に放り投げて口でキャッチしようとしてる人もいます。

でも「ベチャ!」と顔に直撃して、ますます不機嫌になっています。

隣の人のフォークが邪魔で喧嘩してる人もいます。

じゃ、次は白い家のドアを開いてみよっか。

ガチャリ、キィィ… 「WOW!!」

この家にも全く同じテーブルと豪華な料理がありました。

そして10人の人が椅子に座ってます。

できたてのハンバーグ、スパゲティミートソース、唐揚げ、焼きそば、ショートケーキ、チョコレートケーキ、ぶどう、桃、、、そのほかにも豪華な料理が沢山並んでます。

「ヒュルるるっ!」よだれが出ちゃいそう!

この家にいる人たちも、黒い家と同じで、みんな椅子に片腕を縛られて、もう一つの手には腕よりも長~いフォークが縛ってつけられてます。

ところが!

不思議なことに、ここの人たちは元気モリモリです。

肌のツヤも良いです。ウキウキしてます!

そしてなんと、みんな楽しそうに食事!をしてます。

あれえぇぇ!!!みんな、なんでだと思う?

実はねえ、長いフォークを使ってこうやってハンバーグさすでしょ、そしたら自分の口に持っていかないんです。

こうやって、前にいる人に向かって「食べてくださいな。」って言って『与えてる』んです。

「ああ美味しい!」「うん。このハンバーグスパイスが効いておりますなあ。」

とか言ってね、お互いに食べさせていたんです。

自分の口には持っていけなくても、誰かに食べさせてあげることはできるんだよね。

みんなは黒の家と白いの家、どっちにいる人たちが幸せだと思う?

そうだよね。白い家にいる人たちだよね。

自分だけ貰おう、『受けよう』って思っていた人たちは、結局何もゲットできなかったんだよね。

でも、他の人にあげよう、『与えよう』って決めた人たちは、自分も満たされて幸せにしてたよね。

みことばを読んでみましょう。

受けるよりも与えるほうが幸いである 使徒20:35

「受けるよりも与えるほうが幸いである」聖書に書いてあるこのイエス様の言葉は絶対に真実です。

そしてそのように言ったイエス様は本当に「与える」、「与えてくださる」神様です。

イエス様はこの世界を創った神様です。

それなのに。イエス様は、貧しい一人の人間としてこの世界に生まれて下さいました。

そして、自分から、命を与え尽くして、僕たちの代わりに、十字架で死んで下さいました。

そして復活することで僕たちにある「罪」をゆるせるようにしてくださったんです。

「罪」って何なのか?

それは、「与えるよりは受ける方が幸い!」って考えてしまう、僕たちの自己中心的な思いです。

そんな罪ある僕たちの身代わりとなるためにイエス様は自分から十字架で死んで蘇ってくださいました。生き返ってくださいました。

僕たちを、その罪のから解放するためです。僕たちの罪をゆるすためです。

僕たちはイエス様を信じることで、罪から解放されて、イエス様のように「与える」ことができるようになっていくんです。

イエス様を信じて「与える人」「幸せな人」になってほしいなって思います。

それでは最後にみことばを読んで、お祈りします。

受けるよりも与えるほうが幸いである 使徒20:35

 


 

THANK YOU FOR READING.

 

 

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伊藤 走

伊藤走(イトウソウ) 自称ハッピーな神学生