「結婚したい!」クリスチャンの必読本【結婚の意味 わかりあえない2人のために~ティモシーケラー 】

「結婚したい!」クリスチャンの必読本【結婚の意味 わかりあえない2人のために~ティモシーケラー 】


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前回の記事で、ティモシーケラーの名著「結婚の意味 -わかりあえない2人のために-」の第2章「結婚を育てる力」の超絶要点部分をシェアしました

 

 

特に「本書は結婚関係に限らず、あらゆる人間関係の中でクリスチャンが念頭におくべき聖書の原則を教えてくれる、だから既婚者であれ独身者であれ、本書はきっと役立つ」ということを書きましたが、そもそも独身者のための章もあるのです。

それが、第7章「結婚と独身」です。

今回は第7章「結婚と独身」の超絶要約部分をシェアしますので、参考にしてください。

 


第7章「結婚と独身」の要約

 

すべての被造物を新生させる神の力、つまり神の国は、この古い世界にキリストが来られることで、もたらされましたが、まだ完成に至っていません。古い秩序はまだ残っていますが、残りの時間は定められ、終盤の段階にきているのです。まだ社会的、物質的なこの世界は続いていて、私たちはその中に生きています。明日のことについても考える必要があります。

一方で、神が約束している将来の世界に対する確信は、私たちがこの地上で関わるあらゆることに対する姿勢を大きく変えるのです。成功に喜びながらも、喜びすぎることなく、失敗に悲しみながらも、意気消沈することはないのです。私たちの将来に対する本当の喜びは、神によって保証されているからです。私たちは世の富を楽しんでも良いのですが、「用いすぎる(関わりすぎる)」(1コリント7章31節)つまり、夢中になりすぎてはいけないのです。こう考えると、私たちの結婚や家庭に対する姿勢はどう変わるでしょうか。パウロは、既婚、独身、どちらもいい状態だと言います。つまり、結婚しているということを喜びすぎる、あるいは、独身でいることに失望しすぎるべきではないということです。キリストこそ私たちを本当に満足させることができる唯一の伴侶であり、神の家族こそが本当に私たちを喜ばせ、満たすことができるからです。

 

「あなたがたの名が天に書き記されていることを喜びなさい」イエスキリスト
「あなたがたの名が天に書き記されていることを喜びなさい」イエスキリスト

 

スタンレー・ハワーワスは、生き方の選択肢の一つとして独身をはじめて認めた宗教は、キリスト教ではないかと言います。キリスト教をはじめたイエスキリストと、その代表的な神学者、使徒パウロはどちらも生涯独身でした。完璧な人間でもあったイエスが独身だったのなら(ヘブル4章15節、1ペテロ2章22節)、独身の成人が、既婚者と比べて未完成、あるいは半人前だとは、もはや見なされません。1コリント7章でパウロが、独身は神から祝福されたよい状態だとするのは、実際多くの場合において、既婚よりも独身の方が有利だということです。

エペソ5章は、究極的には結婚は、セックスや社会的な安定、個人的な充足のためではないと言います。結婚はむしろ、主である神との一致、究極的な愛の関係が、人間的なレベルで反映するためにつくられたものなのです。将来現れる神の国のしるしであり、前味でもあります。

 


 

このように、ティモシーケラーは結婚をどれだけ高く評価しても、それは「最後から2番目」でしかない、と聖書から確認します。その後で「結婚の利点」と「独身者への具体的なアドバイス」を述べることでこの章を閉じています。

既婚者だけにではなく、「結婚したい!」クリスチャンの方にも役立つのが本書です。(この記事を書いている私自身が「結婚したい!」クリスチャン)

今、Amazonだとめちゃ高額になっていますが、参考にしてください。

 

 

それでは。

THANK YOU FOR READING.

 

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伊藤 走

伊藤走(イトウソウ) 自称ハッピーな神学生