【日本の神学】第4章「国際主義と国粋主義」を読んで

【日本の神学】第4章「国際主義と国粋主義」を読んで


今、神学校の課題で「日本の神学」(著者:古屋安雄&大木英夫)という本を読んでいます。日本史にあまり興味がなかった私も本書を読むことで「日本史好き」系男子に変えられつつあります。第4章「国際主義と国粋主義」には「20年周期説」というのが登場します。非常に興味深い内容でした。その部分、第4章の要点をまとめたのでシェアします。

 

 

本書の筆者は、明治維新以後の日本の歴史を説明するのに「20年周期説」という言葉を使っています。これは、明治維新以後の約100年間、ほぼ20年を周期として「国際主義」と「国粋主義」の時代交代を繰り返してきたという近代日本史の見方です。

 

国際主義…独立した主権国家の存在を前提に、その相互間の協調や連帯を重んずる立場

国粋主義…自国民および自国の文化・伝統を他国より優れたものとして、排外的にそれを守り広げようとする考え方

(MacBookの辞書機能より)

 

使徒パウロはテモテに「みことばを宣べ伝えなさい。時が良くても悪くてもしっかりやりなさい。」(新改訳聖書2017-Ⅱテモテ4章2節)と書いていますが、キリスト教との関係で言えば、「国際主義」というのはキリスト教にとって「良い時」で、逆に「国粋主義」の時代はキリスト教にとって「悪い時」であるということができます。筆者の「20年周期説」によれば、近代日本史の「良い時」と「悪い時」が20年ごとに変わっていたというのですから実に興味深いです。筆者は明治維新以後の約100年間(1868年~1985年)に起こったことを時代順に列挙して、以下の6期に分けて「20年周期説」を説明しています。

 

①第1期「国際主義」の時代(1868年~1887年)

長い国粋主義的な鎖国政策から開国にふみきり、西欧化と国際化を推進した時代です。プロテスタントの宣教師がはじめて来日し、100年間続いたキリシタン高札が撤去されました。公然と伝道活動が開始され1872年には16人であった信者が、1889年には2万8千人に増えました。Wow.また多くのキリスト教学校はこの時代に設立されました。(フェリス女学院、明治学院、同志社、神戸女学院、青山学院、東北学院、宮城女学院、活水女学院、北陸学院)

 

②第2期「国粋主義」の時代(1887年~1907年)

国際主義に対する反動の時代です。明治憲法と教育勅語が続いて発布され、キリスト教は受難時代をむかえました。松山女学院が牧師二宮邦次郎によって創立されたのは1886年で、進歩的な親たちは進んでその子女たちをこのキリスト教学校に送っていました。ところが、その僅か数年後、1890年つまり教育勅語が発布されるや手のひらを返したように風潮が変わりました。松山女学院に子女を送るのは「混血児」を送るようなものだと陰口されるようになり、生徒数は激減して経営難に陥ってしまいました。これは明らかに「キリスト教を抑圧するために行った教育政策」であって、この時代キリスト教育を続けるか、中学校令による中学校として存続するかの二者択一を迫られたのです。その結果いくつかの学校は廃校にまで追いやられたのでした。

 

③第3期「国際主義」の時代(1907年~1926年)

いわゆる「大正デモクラシー」の時代です。1907年には万国基督教青年会大会つまりYMCAの世界大会が東京で開かれました。1912年には政府は神仏基三教の会合を開きました。これは国民道徳のために三宗教が協力し合うという意図で行われたものですが、これまでの政府の対キリスト教政策の転換ぶりを示すものです。つまり危険視から利用視へと変わったと言えるでしょう。国際時代にはキリスト教学校が新設されたり流行するのが通例ですが、この時代にも上智大学や東京女子大学が創設されています。数十年前の風潮が嘘のようです。教会員数も順調に増えています。当時最大の教派であった日本基督教会は20年間で2倍以上の4万5千人となっています。

 

④第4期「国粋主義」の時代(1926年~1945年)

もっとも国粋主義的になった時代であり、もっとも長い戦争時代でもありました。(満州事変、上海事変、日中戦争、太平洋戦争)国際連合から脱退(1933)してからは国際世界で独立し、国際主義や平和主義を敵視して一人国粋主義と軍国主義を熱狂的に強行したため、国内においては言論、思想、信教の自由などが猛烈に弾圧され、「敵性」宗教とみなされたキリスト教の受難の時代でした。この時代に、キリスト教系諸学校や教会に対する統制管理と動員が厳しく行われました。その象徴的産物が1941年、太平洋戦争開始の年に結成された日本基督教団です。34のプロテスタント諸教会が合流してできた合同教会ですが、「一言でいえば、教団は国家の統制と動員のために新設され、民間にあって国策に協力する補完的存在であった」ことは否定できません。少数の個人的抵抗ゆえの犠牲者が出たものの大部分の教会とキリスト者は戦争に対して批判らしい批判もせずに、戦争に協力し、天皇陛下万歳を叫ぶ国粋主義者として敗戦をむかえたのです。

 

⑤第5期「国際主義」の時代(1945年~1965年)

最初の6年間はアメリカ軍の占領時代で、戦前の国粋主義を中心とする全ての価値観が、アメリカに代表される国際主義に基づいた価値観に180度の転換をとげた時代です。天皇もキリスト教に接近しました。天皇の意思でキリスト者のアメリカ婦人が皇太子の家庭教師として招かれ皇室の一室でクリスマスキャロルが歌われ、牧師が聖書について講和までしています。1964年に東京で開かれた国際オリンピックは日本の国際連盟脱退(1933)以来はじめて国際世界に復帰したことの祝典でした。またICUが発足できたのも、戦災にあった教会やキリスト教系諸学校もそれぞれ復帰できたのもこの国際主義の時代でなければ絶対にできなかったでしょう。

 

⑥第6期「国粋主義」の時代(1965年~1985年)

第2期がそうであったようにこの時代もそれ以前の国際主義に対する反動的な時代でした。まず1967年に、紀元節復活運動が2月11日を建国記念日としたことでナショナリズムが大手をふりだしました。1968年には明治百年記念が盛大に祝われナショナリズムを盛り上げました。その頃から家永裁判に見られるような歴史の教科書問題が表面化してきます。靖国神社の国営化運動は長年すすめられていましたが1969年に自民議員立法としてはじめて国会に提出されました。この20年間がキリスト教にとって「悪い時」であったことは、ほとんどのキリスト教系大学がまきこまれた大学紛争と、信徒数の減少と低迷ぶりによっても明らかです。

 

以上が筆者が唱えた、「20年周期説」の大まかな説明です。

同じような指摘をしている方もいますが、筆者はキリスト教との関わりの中で論じている点でユニークです。

また筆者は本の中で「国際主義」と「国粋主義」それぞれの時代のキリスト教、特にキリスト教会一様に見られる問題点を書いています。

まずは「国際主義」の時代のキリスト教会にみられた問題点ですが、筆者の主張を一言にまとめると次のようになります。

 

「国際主義」の時代のキリスト教会に見られた問題点


①入信者が主として知識階級に限られていた。

②日本のキリスト教は極めて欧米的である。(西洋の宗教とみられるし、事実、西洋的)

③流行的な欧米主義やアメリカ主義のゆえにキリスト教に接近し、入信するものが少なくない。

 

次に、「国粋主義」の時代のキリスト教会に見られた問題点ですが、筆者の主張をまとめると次のようになります。

 

「国粋主義」の時代のキリスト教会に見られた問題点


①国粋主義を受け入れる教会の態度があった。

②さらに進んで教会の国粋主義への屈従、そして必要以上の協力体制があった。

 

当時の日本基督教団の状態は、イエスはキリストであるという信仰告白を認めない牧師がいても、その教職の資格を剥奪しない。あるいはできないというものでした。また、日清戦争(1894~1895)で、「キリスト教会はこぞって戦時目的に協力していた」といいます。この時は10年後の日露戦争には反対した内村鑑三も一緒になって、この戦争を義戦と称して日本の立場を正当化しています。その後の歴史が示すように日清戦争は、日露戦争から日中戦争、さらに太平洋戦争へと拡大されていった日本のアジア侵略戦争の第一歩に他なりません。しかしキリスト教界はその戦争に協力し、その後に続いた各戦争においても同じように協力したのです。

これらの「国際主義」と「国粋主義」それぞれの時代のキリスト教会一様に見られる問題点から説明できる事は、なぜ日本のキリスト教人口はいつもほぼ国民人口の1%(今は、0.4%とも言われる)にとどまっているのか、という問題です。筆者に言わせれば、「国際主義の時代に増加するが国粋主義の時代には減少してしまうから」です。つまり流行するときには入信するけれど、流行しないときには放棄してしまうからということです。

 

感&想

ファッションや音楽の世界でも「20年周期で流行は繰り返す」といわれていますが、本来のキリスト教信仰は、ファッションのように「流行するときには着るけれど、流行しないときには着ない」ようなものではないはずです。クリスチャンとされた者であれば言うことのできる、「イエスキリストは主である。」「イエスキリストは王の王である。」という信仰告白を教会の一人一人がしっかりと持っていることが大事なのだなと思いました。(Holy Spirit please come. )

また、もしも筆者のいう「20年周期説」が今も続いているとすると、(筆者はこの説がずっと続くとは言っていません)2025年までは「国粋主義」の時代、キリスト教にとって「悪い時」ということになりますが、これから先、キリスト教にとって「良い時」でも「悪い時」でも、固く信仰に立って動かされることがないような「健康な教会」を建てあげることができるようにすべての聖徒とともに祈り、主のわざに励みたい、筆者の主張を読んでそのように思わされました。

 

「みことばを宣べ伝えなさい。時が良くても悪くてもしっかりやりなさい。」

(新改訳聖書2017-Ⅱテモテ4章2節)

 

THANK YOU FOR READING.

 

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伊藤 走

伊藤走(イトウソウ) 自称ハッピーな神学生