「イワンの馬鹿」のあらすじとブログ筆者の考察を述べます。

「イワンのばか」って幸せなのかな?

最近、トルストイが書いた「イワンのばか」を思い出す。

 

「イワンのばか」はこんな物語↓

 

登場人物は、頭が悪くて超ばかなイワンとその兄弟が2人。それに、頭をよく使う小悪魔たち。

 

本の題名になってしまっていることからもわかるように、イワンは本当にめっちゃばか。

 

兄弟に色々と、無理なお願いをされても、イワンはばかみたいに言う。

 

 

「いいとも、いいとも。」

 

イワンは頭を使わずにせっせと労働し続ける。

 

「いいとも、いいとも。」

 

イワンは損得を考えないで、人々にモノや労働を惜しみなく分け与え続ける。

 

悪魔が現れて、イワンとその兄弟に色々な嫌がらせをするのだけど、イワンだけはばかすぎて自分が嫌なことをされていることに気づかない。

 

そうこうしているうちに、ばかなイワンは王様になる。ハッピーエンド。

 

トルストイの名著「イワンのバカ」のあらすじを一言で言うのであれば、「バカすぎて幸せ」ということです。
ばかすぎて幸せ

 

最近、超ポジティブな私でも「人生には嫌なこともあるもんだな〜」なんて思ったりする。

 

すると、「イワンのばか」のことを思い出す。

 

「嫌なことをされていることに一切気づかないイワンのような人生は、幸せだなあ。」

 

「イワンのばか」に登場する小悪魔だけにではなく、どんな人間にだって必ずある「心の闇」。

 

イワンが小悪魔の「闇」に気がつかなかったように、「自分の闇の部分」、「他人の闇の部分」に気づかない人生は幸いかもしれない。

 

(この世にあっては誰にでも 「闇」があること、下の本に興味深い形で書かれてました。『オススメ度星7000個』)

 

イワンから学ばされることはあるけれど、本当の意味で幸いな人生はイワンのように「考えない生き方」ではなくて、「考える生き方」であって「自分の闇の部分」、「他人の闇の部分」に気づいて生きる人生であるに違いない。

 

あらゆる仕事、頼みごと、奉仕やらをイワンのように全部引き受けていたら、ぼくたちは倒れてしまう。ぼくたちは機械ではないのだから。祈って、祈って祈って、考えて考えて、NOと言う時にはNOという。

 

私たちは嫌なことをされることがある。

 

私たちの大切にしている仲間が嫌なことをされることもある。

 

そんな状況に気づいていても、神様のクレイジーラブを確信して、喜びを選択できる人生の方がイワンのばかな人生よりも、もっとハイレベルであるに違いない。

 

SUNX FOR READING.

 


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伊藤 走

伊藤走(イトウソウ) 自称ハッピーな神学生

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