格闘技と暴力の違い

格闘技と暴力の違い


 

昨日、久々に「日本人の10人に1人が存在している」という東京へ行ってきました。

 

大学時代の後輩がプロボクシングのデビュー戦だったのです。

 

格闘技と暴力の違い
RYOTA YAMAUTI

 

格闘技と暴力の違い
WIN!!!

 

2R、TKO勝利でした!

トランクスに惣菜丸走のワッペンをつけてくれました。感謝です。(1枚目の写真、右足前に注目)

レッドブルの存在をF1やサッカーなどの広告で知った方は多いと思いますが、それと同じように、RYOTAの試合を通してブログにアクセスする人が、1人でも現れてくださったら嬉しいです。

 

レッドブルの創業者である、ディートリッヒ・マテシッツ氏は、「すべてがマーケティングだ」と宣言しており、売上の30%をもブランド育成に費やすといいます。(コカコーラは売り上げの9%)マテシッツ氏はレッドブルを「単なる飲料ではなく、エキサイティングな体験であり、スリルや冒険である」と定義しました。そのコンセプトがあるからこそ、F1やサッカーなどのスポーツイベントがマーケティングのツールとして機能しているのです。

 

別名「砂糖たっぷりのエスプレッソ」
別名「砂糖たっぷりのエスプレッソ」

 

ですが、エキサイティングなスポーツに目がないレッドブルでも、「格闘技」とは距離を置いています。レッドブルのコンセプトがいう「エキサイティングな体験」は「暴力」とは異なる、という考えをもっているからです。つまり、格闘技とのコラボがレッドブルのコンセプトを誤解させることを恐れているのです。そこまで考え抜いているからこそ、スポーツ・マーケティングに成功しているのですね。

しかし、マテシッツ氏が言うように、「格闘技」は「暴力」ではありません。あらゆる攻撃が「暴力」なのかという問題は「物理的な要素」ではなくてそれを扱う「意志」が決定すると思うのです。

例えば、他者を侵害しようとする意志のもとに車を運転すれば、「車の運転」ですら、つまりF1ですら「暴力」となってしまうのではないでしょうか。ことばであっても、他者を侵害しようと考えて喋れば「暴力」となるのです。

 

ことばであっても、他者を侵害しようと考えて喋れば「暴力」となるのです。
「兄弟を憎む者はみな、人殺しです。」-聖書

 

「格闘技」に出場する人間は、お互いの合意の上で、殴り合い、蹴り合います。

そして、ほとんどの場合、試合後に抱き合うのです。

 


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伊藤 走

伊藤走(イトウソウ) 一番好きな歴史上の人物はイエスキリスト