考えろ!考えるな!松岡修造【DAY5】


ジェイコブコーヒー物語

Day5

前日にどんなに夜遊びしたとしても、必ず同じ時刻に起きる。それが、私のルーティンだ。

昨夜は隣町のゴリラコーヒーでデイビットとディナーを共にした。閉店時間の0時まで語り合った。デイビットは5歳の時にクリスチャンとなる決断をして、今に至るという。クリスチャンの恋愛の話や、お酒についてどう考えているのか、、、色々な話をすることができて(デイビットはアルコール類を一切とっていないのに、まるで酔っているようにハイテンションであった。)あっという間に時間が過ぎた。デイビットとはこれからも定期的に会いたい。そう思った。

そんなこんなで、タクシーで家に到着したのは深夜1時頃だった。なので、2時間しか寝ていない。

But time has come.

さあ、ジェイコブコーヒーへ行こう。

「ジェイコブ。おはようございます!!!今日は久々に『朝のパーティー』をお願いします。」あまり寝ていないので、逆にテンションが高かった。『朝のパーティー』はジェイコブコーヒーの人気メニューの1つ。USAのレッドブルと熱々のピッツァのセットだ。

「珍しいですね。昨夜は遅かったのですか?」ジェイコブは言った。

「ええ。夜遅くまでデイビットと語り合っていました。チョコレートシェイクだけであんなにハイテンションになれる人間は小学生以来、初めて会いました。」

「それは良かったです。新たな発見などありましたか?」ジェイコブはレッドブルとピッツァを差し出しながら言った。

私は少し考えて、読書の話をしたこと思い出した。「デイビットと本の話でも、盛り上がりました。デイビットの読書は『量より質』をモットーにしていて、良い本を何度も何度も繰り返し読んでいるそうです。デイビットは面白いことにブルース・リーの言葉を引用して説明してくれました。ブルース・リーは『私が恐れるのは、1万通りの蹴りを1度ずつ練習した者ではない。たった1つの蹴りを1万回練習した者だ』と言いましたが、読書にも同じ事が言えます。習熟しつくした、1冊の本が、ざっと読んだ20冊の本よりも、精神構造に良い影響を与えます。急いで読んでも、ほんの少ししか学ぶことはできず、プライドだけが高くなるだけです。」

ジェイコブはニッコリと笑って答えた「カズキ。そのことを若い時に知っていることは素晴らしいことです。昨夜、睡眠時間を削ったことに価値はあったようですね。」

「もちろんです!話の内容も素晴らしいものでしたが、それ以上にデイビットの人格が素晴らしいと思いました。彼は活力に満ちています。昨日は最初から最後まで、まるで松岡修造のようでした!心の奥まで、熱い男です!」デイビットのことを思い出して、私のテンションまでハイになっていた。

「カズキ。それは、本当に良かったです。きっと生涯の友となるでしょう。松岡修造で思い出しましたが、彼は言っています。」少し、間をおいてジェイコブは言った。『考えろ!考えるな!』

私は少し考えて、笑って答えた「どっちなんですか?」

「松岡修造が言いたかったのは、おそらくこうです。人は、考え始めると、ろくでもないことを考えがちです。例えば、テニスだったら、”風が強い”だったり、”相手の調子がよい”だったり、”太陽がまぶしい”というように、自分じゃどうしようもないことをぐちぐち考えたりしてしまう。でも、これはよくありません。考えてもネガティブなスパイラルに入るだけです。だから『考えるな!』その上で、出来ないことではなく、今、自分が出来ることは何かについては、真剣に考えて、頭を働かせなければいけない。”相手の強いバックハンドを封じるために、どんな戦術があるか”、”相手を調子づかせないために、どんな攻め方をするか”など。だから『考えろ!』。」

「なるほど!確かに、よくよく考えれば、自分が考えても変わらないことを考えても、自分をすり減らすだけです!私は最近、会社仲間の1人の性格がどうしても、気に食わないと勝手にイライラしていました。でも、それで彼の性格が変わるはずもありませんし、それを考えて、ますます腹が立てていたのは自分でした。そうであれば、その意識や時間、エネルギーを、『自分が出来ること、変えられること』に向けた方が、または向けようと努力した方がずっとずっと生産的ですし、自分のためにもなります!」私は嬉しくなって、残りのレッドブルを一気に飲み干した。

ジェイコブも嬉しそうに答えた。「その通りですね。更には、クリスチャンは自分には変えられないことを神様は変えることができると知っています。なので、私たちは正直な気持ちを神様に打ち明けます。絶えず祈るのです。」

「なるほど…90歳以上の人を対象にした社会学の調査結果を読んだことがあります。そこには、簡単な質問が1つありました。『もう1度人生をやりなおすとしたら、自分の行動をどう変えたいですか?』です。上位3つの答えのうちの1つは『もっと考える』でした。ジェイコブ夫婦やデイビットと話していると、クリスチャンというのは人生の意味や目的について、深く考えているのがわかります。そこに向かって生き生きと進んでいるのがわかります。私も自分の生きる意味を人生のたそがれに、どこかの老人ホームで考えるのではなく、今、考えぬく必要があると思わされています。」

「カズキ、正直に話してくれてありがとう。クリスチャンが惨事や苦境のただ中にあるとき、キリスト教信仰は、決して魔力や麻薬のように働いて、何もかもを私たちに代わって行ってくれたりするものではありません。聖書は、私たちに向かって、考えを巡らし理論を用いよと願います。いや、命じます。ブルース・リーは『考えるな!感じろ!』と言いましたが、聖書はそうではありません。私がクリスチャンになったのは24歳でした。クリスチャンになった瞬間に何かを感じたわけではありません。天が開けて、光を受けたわけでもありません。そもそも、人間の感情というのはあまり当てにならないものです。感情には満ち引きがあります。ただ、その時、イエスキリストが真理であると信じました。そして、イエスキリストに生涯従う。そのように決断したのです。聖書がいうのは、『考えるな!感じろ!』ではありません。『考えろ!従え!』です。」

人は考える。そして、そのように存在する。と、どこかの有名な哲学者が言ったというが、私はこの日、生きる意味と目的を考え抜く決意をした。

Thank-you for reading.

To be continued….

ぜひメール購読してください(^^)

 

 


投稿者:

avatar

伊藤 走

伊藤走(イトウソウ) 自称ハッピーな神学生