CSルイス「この世は訓練と矯正の場だと考えるなら、それほど悪くはない場所だと思えるでしょう」

CSルイス「この世は訓練と矯正の場だと考えるなら、それほど悪くはない場所だと思えるでしょう」


小学校3年から大学4年まで、ほぼ毎日ボクシングをしていました。

きっかけは、父親の勧めでした。わたしは父親を信頼していたので、ボクシングを始めました。
父親のトレーニングはめちゃくちゃ厳しかったです。
クレイジーに厳しくて、何度も泣いてたし、血が出ることもありました。
父親のトレーニングはハードでしたが、スマートでもありました。

わたしが少しでもトレーニングをエンジョイできるように工夫もされていました。

ですが、基本的に反復練習を繰り返すトレーニングは楽しいものではなかったです。

しかも、高校に入学するまで試合はなかったので、最初の7年間はただトレーニングだけを続けました。

大学の時は数週間で7キロ落としてました。

真夏の炎天下の下をサウナスーツを着て走ってました。

田んぼの水でもいいから飲みたいってくらい喉が渇いてました。

一言で言えば、ボクシングやばかったです。

ボクシングはやばい。
ボクシングはやばい。

世界一グレートな父親とグーグル検索してみてください。
一番上に、私のブログが出てきます。

わたしにとってわたしの父親は世界一の父親です。
牧師の働きと、紫蘇巻きの配達でめちゃくちゃ忙しいのにもかかわらず、父親が私のために使ってくれた愛、時間、お金は膨大です。

スペシャルハードなボクシングのトレーニングを14年間継続することができたのは、父親が私のことをめちゃくちゃ愛してるということを知っていたからです。

父親の愛に応えたくてボクシングライフを全うすることができました。

でも、私には世界一グレートな父親とは比べ物にならないくらい、グレートな父親がいます。
レベルが違います。

天の父です。

聖書ではこの世界のクリエーターである神様のことを天の父と呼びます。
天の父は私にとって、世界一グレートな父親×無限倍以上にグレートです。
天の父と父親の間には無限の隔たりがあります。

天の父は悪い人にも良い人にも太陽を昇らせ、正しい人にも正しくない人にも雨を降らせてくださるお方です。

天の父はそのひとり子イエスキリストをお与えになったほどに私を愛してます

自分の子供イエスキリストを罪人のわたしのために十字架で死なせるほどに、わたしを愛しているんです。

天の父の愛は完全です。天の父の愛はクレイジーです。クレイジーラブです。

クレイジーラブ
クレイジーラブ

天の父は私のことを常に見てて、心も見てて、私のベストを知ってます。

聖書には、「天におられるあなたがたの父が、どうして、求める者たちに良いものを下さらないことがありましょう。」(マタイ7;11)とあります。

私は幼稚園、小学校の時めちゃくちゃテレビゲームが欲しかったです。

父親に何回も求めたけど、買ってくれなかったです。

なんでなん?って思ってました。

今振り返ると、テレビゲームを求める私に買ってくれなかった父親は最高にグレートです。

おかげで目も良いし、体を動かすことと本を読むことが好きです。

その時はわからなかったけど、今はそれがベストだったとわかります。

天の父に祈って、本当に聞かれてんのかなって思うことがあります。

でも、天の父はすべての祈りを聞いてくれてて、私の理解を超えた最高の計画を持ってます。

天の父は誰よりも、私のベストを知ってます。

父親が私のボクシングのコーチであったように、天の父は私の人生のコーチです。
天の父は私がどう生きるべきか、聖書から教えてくれます。
父親が私をスーパーハードなトレーニングで懲らしめたように、天の父も私を懲らしめます。

ナルニア国物語の著者、C.S.ルイスは、クリスチャンですが、次のように述べています。

「ある建物の中に、どれだけかの人がいるとします。半分の人たちは、そこをホテルだと思っており、もう半分の人たちは刑務所だと思っています。そこをホテルだと思っている人は、我慢できないひどい所だと言い、刑務所だと思っている人は、思いのほか快適な場所だと言います。」
彼は言いました。「この世は自分が幸せになるためにあると考えるなら、そこは我慢できないひどい場所かもしれません。一方、この世は訓練と矯正の場だと考えるなら、それほど悪くはない場所だと思えるでしょう。」

聖書(ヘブル12章)には次のようにあります。
訓練と思って耐え忍びなさい。神はあなたがたを子として扱っておられるのです。
父は、私たちの益のため、私たちをご自分の聖さにあずからせようとして、懲らしめるのです。 すべての懲らしめは、そのときは喜ばしいものではなく、かえって悲しく思われるものですが、後になると、これによって訓練された人々に平安な義の実を結ばせます。

天の父は、私が天の父のトレーニングを通して変えられて、より多くの人がイエスキリストの愛を信じて、天の父に立ち返ることを望んでます。

私たちが神を愛したのではなく、神が私たちを愛し、私たちの罪のために、なだめの供え物としての御子を遣わされました。ここに愛があるのです。1ヨハネ4;10

In this is love, not that we loved God, but that He loved us and sent His Son to be the propitiation for our sins. 1 John 4 :10
私の人生は長くても、あと90年で、そのあとは永遠です。

永遠は半端ではないです。

天の父の愛に、クレイジーラブに、RADICALに徹底的に革新的に応えるものへと変えられていきたいです。


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伊藤 走

伊藤走(イトウソウ) 自称ハッピーな神学生

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